ストリートファイターブログ『レッドサイクロン』

対戦の合間にお読み物はいかがですか?

RSS     Archives
 

スポンサーサイト

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

1970年前後 ギースvs.周防辰巳

 
1970年前後
ギースvs.周防辰巳


サウスタウンにひとりの男がやってきた。名は周防辰巳。小柄といっても日本人にしては長身で、線の細い男だ。薄汚れてはいたが、格闘技の心得があることは一目でわかる体つきである。辰巳が会得していたのは“大南流合気柔術”。時の格闘技界において「武を志す者にとって、其の名を知らぬ者なし」と言わしめた伝説の格闘術である。投げられる事に気付く間もなく敵を吹き飛ばす様は武術とい域を遥かに越えて“妖の者”“闇天狗”等の言葉で形容され、恐れられた。
 
その辰巳は、サウスタウンでひとりの若者と出会う。若者は辰巳が格闘家であることを見抜き、挑みかかる。闘いは辰巳の勝利に終わるが、ひたすら強さを求める若者は辰巳の合気術という不思議な魅力に魅せられ、弟子入りを志願する。そのまなざしに非凡な才能を見出した辰巳は、若者の弟子入りを許可するのであった。若者は生来の勘のよさと熱心な修行で、瞬く間に合気術をマスターしていった。
 
もはや若者に教えることがなくなったと考えた辰巳は、サウスタウンを去ろうとする。すると若者は、辰巳の前に立ちはだかった。自分の強さを確かめるため、若者は恩師に闘いを挑んだのだ。…結局、長時間の死闘を制したのは辰巳ではなく、若者のほうだった。若者は恩師から学んだ武術で、自らの恩師を殺してしまったのだ。…この非情の若者こそが、ギース・ハワードである。



検証:ギースvs.周防辰巳は1970年前後!?

強さを確かめるため、恩師に向けた非情の拳。ギースに日本古武術を伝えた周防辰巳は、弟子の拳の前に敗れ去る。…このエピソードは『餓狼伝説3』の設定で語られている。ではこの出来事、いったいいつ頃のことだろう。
 
新声社『餓狼伝説3の謎』には、具体的な年代は書かれていない。しかし同社の『餓狼伝説の謎』によると、ギースの古武術の修行はクラウザー戦(1968年)のあとであるという。また、公式ではないが天獅子悦也『ギース・ハワード外伝』では1969年となっている。1970年中期からはタンに師事していると考えられることもあり、この出来事は1970年前後と考えて間違いないようだ。
  
周防辰巳に関係の深い人物は、ギースのほかにふたり。そのひとりはブルー・マリーである。父親の指導によりあらゆる格闘技をマスターしており、中でもコマンドサンボをメインに戦う、優秀な女性エージェント。実は周防辰巳は、彼女の祖父にあたる。1996年のKOFにおいて、勝ち上がってきたブルー・マリーに対しギースは「お前の祖父は強かった。思い出したよ、あの素晴らしい断末魔を……」と言っている。
 
辰巳vs.ギース02
マリーにとって、ギースは祖父の仇だったのだ。
「ギースは私が倒す…じっちゃんの名にかけて!」 


そしてもうひとりは坂田冬次。会津若松で生まれ育った冬次は、辰巳と同じ大南流合気柔術の使い手である。ふたりは共に師範代の段位を持ち、他の門下生から慕われる英雄的存在であった。お互いに実力を認め合う仲であったが、「死合う」という観点においては対立していたという。冬次にとって闘いとは“死合い”であり、現に数々の修羅場をくぐり抜けてきた。しかし辰巳にとっては、あくまでも“武術”だったのだろう。そんなふたりが、果し合いにより真剣勝負を行った。冬次は辰巳に敗れ、左目に傷を負ってしまう。失明は免れたものの、辰巳が放った一撃は網膜に焼きつき、悪夢となって毎晩冬次を苦しめた。ついに冬次は悪夢におびえる自らの左目をえぐり出し、それを喰らうことで辰巳の拳の恐怖を克服したのだった。恐るべき格闘家の執念である!
    
辰巳vs.ギース01
自分の目玉を喰ったという凄まじいエピソードを持つ冬次。
「やっぱり目玉焼きは硬めが好きだな!…片目だけに。」
 

  
スポンサーサイト
プロフィール

りょう

Author:りょう
ストリートファイターの投げキャラ好きでパッド派。
ザンギエフやサンダー・ホークで十字キーをぐるぐる回します。



アクセスカウンター

Twitter


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。